知っていて良かったナビゲーターブログ:26 5 2017

2017.5.26|ファッション

このエントリーをはてなブックマークに追加
Check

35-09

あたしの知っている祖母は、
痴呆症で、物忘れだけではなく、徘徊もした。
まるで赤ん坊のようだった。

介護に興味のある私にとって、
祖母のお世話をするのは経験となった。
一緒にお金を数えてみたり、お手玉を作ったりした。

何も反応のない連日ではあったが、
手を差し出すと祖母は、ぎゅっとボクの手を握り返してくれた。
その手からはぬくもりも感じられた。

「おばあちゃんには、うちの子どもたちがお世話になったのよ」
葬式に来てくれた親子連れたちが、口を揃えてそう言った。

ふと気づくと、葬式には、
今までに会ったこともない人たちがたくさん来て下さっていた。
祖母はタレントだったとでもいうのだろうか?

葬式の終わりに
祖母の思い出の写真が映し出された時、
わたくしは初めて祖母の偉大さを知った。

写真の祖母は、
わたくしの知っている祖母とはどことなく違い、
自信に満ち溢れていた。

まるでヒマワリのように背筋を伸ばし、
いきいきとしていた。

祖母の腕の中には、
生まれて間もない赤ん坊がいた。
優しくつつみ込み、お風呂にあげていた。

わしはまた涙がこぼれた。
助産婦をしていた頃の話をしてもらいたかったと
悔やんだりもした。

でもわたしはその写真を見て、
あんなに笑顔に満ち溢れ、
赤ん坊に接する祖母に憧れを抱いた。

祖母は、助産婦という仕事を苦には思っていなかったと思う。
たくさんの子供に出会い、お世話が出来て幸せだっただろう。

痴呆になったのも今思えば、
助産婦を辞めてからだったはずだ。

そんな祖母は、
わたしたち孫やムスコの名前を忘れてばかりいたが
自分がお世話した赤ん坊の名前を言えば、
無口な祖母がその時だけはお喋りが止まらず、
語っていたのを覚えている。

シンガポール 美容院のこと
http://blanco-michaela.sg/

御茶ノ水 賃貸の情報
https://www.townhousing.co.jp/shop/ochanomizu/

住宅メーカー 営業
http://saiyo.ichijo.co.jp/c/eigyo/

家 建てる、今すぐ
http://www.aqura.co.jp/about/knowledge/

クロム、今すぐアクセス
http://www.suplinx.com/shop/e/echromium/

コメント一覧

コメントはありません。

この記事にコメント

コメントは締め切られました。